昭和39年12月02日 夜の御理解



 私は物に不自由をしなくなり、お金に不自由をすることなく、心もまあ自由自在におかげの方へ、おかげの方へと頂く事がでけるような使い方がでけるようになる。どのような難儀な問題でも、最近私が言っております神愛だ、とこう思ったらどのような問題でも問題が問題にならなかったと言う程に、私はおかげ頂いておるという、これは物とか金とか、心だけの事ではございません。
皆さん、御承知の通り、私はそういうおかげを頂けれるようになりましたのは、私がしら 真剣こりゃ信心はここだと。ここを頂かなければと、こう発心させて頂いてから、修行に入らせて頂いて、五年でございました。いわば、五年、どのような修行でもです、五年でなら、私が頂いておるようなおかげ、皆さん頂けるとするならば、皆さん、しかしこげな有難い事は無いですね
 いうなら、久富先生ところの今度三番目ですか、四番目の息子が大工の弟子離れを致します。もう何年になりました五年やっぱり五年ですね。五年間修行のその大工の弟子に行ってから五年間先生この頃言うておられました。今度あの浴場が今度別にでけたんです。お風呂場が奇麗にでけたそうですが。これが建てきる事が出来るじゃろうかと思いよったら先生もう見事に出来上がりましたと、先日言うておられましたがですたい。
 五年間の間にです、いうなら刃物の研ぎ道から、ね、ノミの持ち道から、また家を建てるにはこう様な、様々な例えば図面を引く一つの事に致しましてもです、なら勉強があっておられる事でございましょうけども、それに専念したという事です。ね、大工でもやはり五年経てば一人前、ま、家が建てられると。これから先の技術はもう限りがありません。例えば、なら私の信心においてもそうです。ね、
 私がほんとにもう五年間です、本気で修行させて頂いておるのは。ね、五年後には、今、私が申しますように、皆んなが願うて願うてやまないおかげを、私自身頂いておるんです。ね、私それ以来お金に不自由したことがないです。物に不自由した事がないです物と言っうも、もう人間の幸せになる為に一切必要な物、衣食住に至るまでです、食べ物にも、もう細かにいうならもう切りがないですけどもです。
 おかげを頂いて同じに私がです、自分のなら心の上にもどういう難儀と思うような難儀に直面致しましても、問題がありましてもです。その難儀を難儀と感ぜずに神愛としてお礼が申し上げられる。全然私の前にはもう問題が問題になっていないという事。言う様なおかげを頂きましたのは、もうほんとに五年でした。してみると皆さん、打込みがまだほんとじゃないという事を悟らにゃいけませんよ。
 私が良い見本です。いうならただお日参りを十年続けております、と言った様な事だけではいけないという事がわかるですね。神様の前には、言い訳はでけません。もう神様の前には言い訳はでけません。ね、ですからそういう信心を本当に私の信心から、皆さんが体得して下さろうする事になれば、なら五年間そういう精進をなされば、おかげが誰でも頂けれるという事になるんです。
 図面の引き方を覚えましたか、ノミの持ち方は刃物の研ぎ方は。ね、漠然としてから、一つも覚えとらん。それを本気で私は稽古していないからだとこう思う。今日ここお昼下がらして頂きましたら、丁度久留米から小倉それから熊本あたりから、十何名かですね。私どもと十何名とにかく一杯でした。丁度お昼の時間でしたからお食事を差し上げた。昨日のお祭のお直会も色々ございましたから、御馳走頂いた。
 皆さん熊本の連中、なかなかお神酒が好きですから、お神酒を差し上げたんです。ね、お神酒を頂いてから、私心の中に思いよるとです。ははぁ神様は昨日、全然休ませて下さっとらない。しかも昨日休むのはもう一時、もうおおかた二時でした。神様はご承知なんだ。だから今日は一杯頂かせて下さって、昼から一杯頂かせて下さって、よか心持ちで休ませて下さるなとこう思うんです。ね、
 だからそれに私がいわば便乗させて頂いてから休ませて頂くんです。ぐっすり休ませて頂く。古賀先生から按摩して頂いて、してもうこげなな気分のいい、もう極楽のような気分でした。これがどうでしょ私がその五年間でしておる時代の修行の時だったら、そういう言い訳は、絶対もう神様の前には立たん立てませんでした。ね、例えばもう横にならんぞと、ね、頂かんぞとああはせんぞと、どうゆう理由がありましても、これだけは頂き抜きました。ただ修行中なんですそこは。
 ところが、そこの修行も終らんなりに、それと同じ真似をするならば、いつまでたって もほんなおかげ頂かれんという事になるんですよ。ね、成程お客さんがありゃ、お神酒の相手もさせて頂こうけれども、心の中にはこれで酩酊どもしちゃならん、寝らねばならんようなことがあっちゃならんと、こう思うて頂きますから、やはり一日御用がでけるというようなこれはただし修行期間。
 信心ちゃそんな厳しい事ばかりじゃないて。ね、おかげ頂かせて頂いたら、そのそれからこの方というものの、私のおかげを皆さんが見て下さればいいでしょうが。だから現在私が頂いておるおかげは、そのまま皆さんが真似しなさるならば、これはやりそこない、ほんな修行はでけんと思うですね。先生でちゃ一杯飲まさるけんで、ちからいう事だったらもうおかげにゃならんです。
 是は私久富先生やら久保山先生当りの様な場合の時に、何時もそれを感ずるんですけどね。あのう今日古賀先生が日が当たっておる中で言うんですよ。久富先生って方は実に子煩悩な方ですね、ちゅうてから。これは久保山先生においてもしかりですね、ですからほんとに子煩悩であるという事は有難いです。親だから当たり前ですね、けれどもです是がいつまでも子に煩悩をかけておる様な事ではですおかげにならんです。
 この頃からも私が申しますように、義理も人情も、ね、恩愛も踏み越え乗り越えた、その先にしかおかげの世界はない。それが悪いという事じゃないですよ。私共の場合は一番下の栄四郎だけです。私が抱きましたのは、これとてもほんと言うたら神様抱くなとおしゃるのだけれども、やっぱりもうこれが一番もう最後だなと思うもんだから、ついその親心で抱きましたから、あの人一人が我が侭です。
 例えば、甘木の先生あたりの話しの中から、とにかく先生はあの酷な方だったと。冷血漢のようなところがあったと、家内がいつも私に申しました。私が病気をしておる時、子供達がどうの時、もうとにかくそれを抱こうとも、見ろうともしなかったんですから。やはり冷血漢のよう、けれども私は神様の仰せには背かれんという生き方なんです。どういう修行がね、ダラダラと長くでけておってもダメです。
 本気で身をつめてです、ね、私は五年間、皆さんがほんとに修行なさるならです。私がただいま申しましたように、皆さんも又いうなら求めておられるです。まず自分の心の中に自由自在な神愛を感じたら、もうその場で問題が解決するような、この有難いと感じられるような、ね、そして金にも物にも一切の物に人間幸せになってゆく事のための一切の物がです、願わんでも頼まんでも。
 しかも無尽蔵に頂けておるようなおかげを、皆さんは目の当たりに見ておられるわけなのですから。ね、そういう皆さんがならおかげを私だけのいわば専売特許じゃないと言う事。あれはもう親先生だけしか頂きなさらんというものじゃないと言う事。ね、皆んなもそういうおかげを受ける。そのようなおかげが受けられるという訳なのです。為にはねそこに本当に実の詰まったですね、
 神様に、言い訳をするような信心じゃなくてです。は神様もうこん位な事は、もう見逃して下さるだろうと言った様な事じゃなくてです。もうギリギリ本気で、私修行しなければいけないと。まいうなら大工の弟子に行って、五年間、本気で修行させてもらゃ、家の一つも建てきるような、いわば技術というものを、が身に付くように信心させて頂いたら、そこんところの稽古が一通りさせて頂いて、目の詰まった信心さして頂いたら、誰でもそういうおかげを受けられると言う事をです、一つ再認識してですね。
 今朝から私、今晩のご祈念にそのことをしきりに思うんです。ほんに私は丸五年間だった、ああいう修行をさせて頂いたのは。だからならこういう場合には、先生はどげんしよんなさったじゃろうか。こういう場合先生はどうこれを頂き抜いておられたじゃろうかという事は、私日頃お話し致しますけども、あれでも皆さんが足りんなら、もういわば、私に求めて来て下さるならば。
 それこそ赤裸々に、その時分の話しもさせて頂きましょう。それはまだお話をしていない事も沢山ございます。ね、そして私一人が助かるだけじゃないでしょうが。家族者だけでもないでしょうが、ね、周囲に又助かって行くような人達までが、沢山段々でけてくるというようなですおかげが頂けれるんですよ、お道の信心は。ね、けれどもそれがただ、ただ信心しとりますと、もう何年続いとります、何十年信心しよりますという信心からは、それは私は、頂けないと思うですね。
おかげ頂かにゃいけません。